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役割機能別看護体制でノンストレスな職場を目指す

医学書院「精神看護5月号」小特集

看護師のストレス軽減に向けてこんな取り組みをしている病院がある

 

役割機能別看護体制でノンストレスな職場を目指す

(当院が目指すのはオールマイティにできる看護師ではありません)

 

1.わが任務(つとめ)標準(しるし)はどこ?

 

1854年クリミア戦争参戦を機にナイチンゲールによって確立された近代看護は、時代と共に発展し、医師の補助的業務という意味合いが強かったものに加え、患者の身体・精神状態を汲み取り、受け入れ、適切な処置を考察することや、入院後の治療計画の設定、処遇の決定、急変時の対応など、多岐に渡る業務を看護の役割として行うことが、近代看護の新たなスタンダードとして確立されつつあります。そして、これらの看護業務が、患者の治療率や医療のアメニティ向上に多大に貢献し、近代的医療に寄与したことは紛れもない事実でもあります。

 

われはここに集いたる人々の前に厳かに神に誓わん。

わが生涯を清く過ごし、わが任務を忠実に尽くさんことを―――。

Nightingale Pledge(ナイチンゲール誓詞)1893

 

 確かに私たち看護師は、臨床教育現場の段階から、現代の看護師に求められるそれらの役割を押し並べて全うできてこそ、そしてオールマイティにこなしてこそ“一人前”の看護師であるという理念を学んできました。戴帽式でローソクを持ち、厳かにナイチンゲール誓詞を詠み、「わが力の限り、わが任務(つとめ)標準(しるし)を高くせんことを努む」ことを誓い、そして任務(つとめ)標準(しるし)が高ければ高いほど、現代が求める水準の看護師に近付くことができると信じ、邁進し続けてきました。

しかし、現実の臨床現場にて臨床教育現場で教えられた理念を達成するにあたり、業務のあまりの幅広さと要求の高さから、業務を遂行することの困難さ、先輩看護師と自らを比較することによる無力感、不安感。自らの適性そのものを疑い始める微小感。場合によっては、現代看護の理念を高く、強く、継続的に懇望する上司の要求に応えられず、夢と希望と確固たる誓いを持って就業した新人看護師、または学と未来と秘めたる決意を持って働いていた中堅看護師が、志半ばにして臨床現場から離れてしまうことが、社会問題になるほど増加しています。

 

2.ノンストレスの看護体制をつくろう

 

これは決して旧来から伝わるオールラウンド志向を求める看護の精神が間違っているわけではありません。クリミア戦争を機に改革が始まった医療的知識・技術と、日進月歩を続ける近代のそれとではあまりに要求されるものが異なり、細分化され、増幅しているということ。また、インターネットの普及に代表される情報化社会の発展に伴い、日常生活レベルでも医療の情報化が進み、患者・家族から医療機関への要求水準も上がり、僅かなミスさえも許されず、情報通りの正確性を求められるなど、ユーザーサイドの視点も変わってきたことも大きな要因だと思います。先ほど述べたナイチンゲール誓詞に異見しようとは思いません。ただ、近代は看護師の忠実に尽くすべく「わが任務(つとめ)」が錯綜してしまったと感じるのです。

当院では、ナイチンゲール誓詞ならびに現代の看護教育に代表される、看護師一人一人のユーティリティ且つオールラウンドプレイヤー志向、それに基づく全人的医療理念を否定するのではなく、まず、複雑多様を極めた業務の分析・細分化を行い、行う業務の種類を限定し、狭く深く業務に携わることができると、一つ一つの看護業務の質が上昇するのではないか、また、業務内で生じる精神的疲労の要因を探り、ストレスが軽減されると、より円滑に業務が行えるのではないかという前提のもとに、2007年の開院と共に新しい看護体制の構築を行いました。

 

3.どうしてこんなに疲れるの?

 

私たちは実際の業務の中で、例えば処置が終わった後にカルテの記載を行い、その後、体位交換をして医師の指示受け、点滴セットを終えてから、看護計画の立案など、業務時間の経過と共に実に幅広い看護業務を行っています。そしてロッカーで大きな息を吐きながら「はぁ疲れた」と、誰かに聞かせたいのか独り言なのか判別のつかない言葉を呟きます。

どうして私たちはこんなに疲れてしまうのでしょう。明日も「はぁ疲れた」明後日も「はぁ疲れた」。ふと立ち止まって将来を見据えると、毎日繰り返されるこの声が耳を澄まさなくとも聞こえてきそうです。光明が見えない未来。これではいつの日かバーンアウトしてしまいます。

確かに一日の業務の量を減らせばストレスの軽減に繋がるかもしれません。しかし、先ほど述べたように、私たち看護師の業務量は日進月歩の医療の進化と比例して増幅し、精神的負担は軽減されることなく、それによって生じるバーンアウトのリスクは看護師の人手不足を加速させるという悪循環を生み出しています。よって、業務量を減らすという対策は、確かに一定の効果はあるのでしょうが、結果的に対症療法的効果しか望めません。それでは業務量以外のストレスが発生する理由はどのようなものがあるのでしょうか。

 

4.頻発するシフトチェンジ

 

私たちの業務は主に、“思考”中心に動く業務と、“行動”によって達成される業務に分かれます。処置(行動)→カルテ記載(思考)→体位交換(行動)→医師の指示(思考)→点滴セット(行動)→看護計画立案(思考)という先ほどの一般的例だと、ある一つの業務から別の業務へ移行する際に、思考・行動のチャンネルを何度も切り換える必要があり、シフトチェンジを繰り返すと燃費が悪くなる自動車の性質同様、思考と行動の切り替えの頻度と比例して身体的・精神的疲労は累積されていきます。よって、“行動”業務モードの時は長時間動く、“思考”業務モードの時はまとめて考えるというように、思考・行動のチャンネルの切り替えを少なくすると、ストレスが溜まりにくくなります。

この仮説を元に、業務から別業務という流れの中で、思考・行動でチャンネルの切り替えを必要としない、または大きな変化が生じない業務を下記のように分別しました。

 

・身体介護 ・環境整備 ・注射・服薬等の薬剤管理 ・処置 ・入退院やクリニカルパス等の計画策定 ・カルテ記載 ・患者とのコミュニケーションないし対話 ・医師の診療補助としての高度なスキル ・特殊事態(患者急変・感染症蔓延・クレーム等)への対応 ・看護管理的業務

 

5.業務をカテゴリ化してみよう

 

上記の業務の特色を分析すると、いわゆる0次~3次医療の機能概念と同じく、下記の3種類の業務に分類し、業務を振り分けることができます。

.反復する業務であり、運動神経的に処理する必要があり、また反復することによってスキルアップしていくタイプの業務――身体介護・環境整備・薬剤管理・処置

.一つ一つの業務に時間を要するが、それぞれの個別の状況に於いて分析・考察を行い、対応する業務――入退院やクリニカルパス等の計画策定・カルテ記載、管理・患者とのコミュニケーション・医師の診療補助としての高度なスキル

.特殊事態に対して備え、対応する業務――特殊事態(患者急変・感染症蔓延・クレーム等)・看護管理的業務

類型化することによって、Aグループは、投薬や処置など手技を中心とするものであることがわかります。これをテクニカルと名付けました。Bグループは、状況に応じて様々な判断を要するものが中心とするものであることがわかります。これをプライマリーと名付けました。Cグループは2次対応を主としたものであるため、セカンダリーと名付けました。

 看護師を上記3種類のグループに分け、従来の機能別看護のように当番で役割を変えるのではなく、その役割の異なるチームを「職種」として設定し、業務・看護師をカテゴリ化することによって、思考・行動のシフトチェンジが最小限に抑えられ、ストレスの軽減へと繋げることができます。

 

.好きこそものの上手なれ

 

役割機能別に分類すると、テクニカルは同様の業務を反復することによって自然にスキルアップし、比較的個別性が少ないタイプの業務であるため、精度化されたマニュアルを作成し、それに沿って業務を正確に遂行することができます。プライマリーが行う種々の患者対応業務は、入退院に関わる生活モデルの把握や入院後の状態把握・計画の立案等、特徴として個別性が重視される業務で、更に医師の診療補助という枠を超え、あらゆる決定事項のイニシアチブを握り、医師をリードする形で業務を進めていきます。そしてテクニカル・プライマリーがそれぞれ業務を遂行するにあたり、クレームや突発事項など、業務に不都合や不合理が発生したら、セカンダリーが対応するという業務方法が可能となりました。

 このように当院では、看護師が幅広い業務を行うのではなく、同じ看護師でもチーム(職種)によって異なる性質の業務を行います。「好きこそ物の上手なれ」という言葉の通り、業務の種類が得意なこと、好きなことであったら、先ほどのシフトチェンジを最小限に抑える対策に加え、よりストレス軽減にも繋がります。

 

7.3年間、看護師長不在

 

それぞれのチームで独自の機能が確立されるに従い、全ての看護師が得意分野という限られた部分での自律が可能となり、結果、管理職機能が各チームごとに分散され、本質的な管理者が必要なくなるという従来の看護体制とは異なる大きな特徴が生まれました。

もちろん新人看護師や中途採用の看護師などの教育を含め、まったくのアドバイスなしでは業務に支障が出ることは明白ですので、原則510人を1チームにまとめ、旧来の主任といわれている看護師を、そのチームのアドバイザー兼メッセンジャー的役割として設定しました。この役割は上意下達的な働きを持たず、会議での決定事項や新システムの導入説明を各チームに伝達したり、業務で行き詰った箇所のアドバイスなどを行います。

以上のことから、当院では伝統的な看護部長・師長・主任・病院スタッフというピラミッド型管理体制を廃止しました。個々人がそれぞれの限られた役割の中で自らの意思を持ち自律できれば、そもそも看護管理というものは必要ないのかもしれません。

マニュアルに忠実なテクニカル、個々の自主性が重んじられるプライマリー、特殊事態に備えるセカンダリーと、業務から別業務に移る際の大きなシフトチェンジの切り替えを必要とせず、それぞれのチームは重圧やストレスを感じず、且つ、それぞれの限定された役割の中で伸び伸びと業務を行うことが可能となりました。怒らない・怒られない世界の確立です。

 

8.怒るってどういうこと?

 

例えば家庭の話ですが、私は朝にリビングを掃除する役割を妻から与えられています。しかし朝なかなか起きられない時はスムーズに掃除をすることができません。体がだるい、まだ寝ていたいなどといった理由で布団の中で悶々としていると、妻から「いつ掃除するの?」と忠告を受けます。私も体がだるくてまだ寝ていたいけれど、いずれはやろうと思っているのです。やりたくないけれどやろうとは思っているのです。しかし、やろうと思っているのにそんなことを言われてムカッとくるのです。妻は怒り、私はへそを曲げる。こうして家庭内冷戦の幕が切って下ろされます。この冷戦に発展する要因はそれぞれに下記のポイントがあります。

 

妻:夫が私の思い通りにやってくれない  私:自分の思い通りに体が動かない

 

 思い通りというのは、「自分が考える思い」の通りですから、それが叶わないということは、自己を否定されたということになります。これが「怒る」メカニズムの一つです。

心理学で「べき思考」という言葉があります。臨床現場でも、「看護師は~すべき」「医師は~すべき」など、個々人が無意識に「~すべき」という概念をもって、様々な価値観を形成しています。しかし、それぞれの「~すべき」のほとんどは自己の価値観の強要であり、むしろ幻想に近いものですので、往々にして「~すべきなのにできない・してくれない」という形で自己に返ってきて、より一層ストレスがたまってしまいます。

 要するに怒らないということは、「すべき」という概念を減らしていけばいいわけで、「看護とはオールマイティにこなすべき」を、当院では「看護手技を磨くべき」「患者対応に長けるべき」「2次対応をこなすべき」と分解したのです。私も「夫とは、朝の掃除と洗濯物干しと帰宅後の風呂掃除をこなすべき」から「朝の掃除だけすべき」と、限定されたらどれだけ気が楽になるでしょう。

 

9.減点評価から加点評価へ

 

 先ほど述べたように、役割機能別看護体制は、そもそもが得意分野のみに従事できる体制を目指しており、「~すべき」そのものが得意分野であるため、精神的負担になりづらく、むしろ率先して業務に携わることができます。

私のこれまでの看護経験上、不器用なものですからどうしても看護手技が苦手で、看護手技の最中に注意を受けるか、その注意が嫌なものだから後回しにして、結局、いつまでもやらないと注意を受けていた「患者対応には長けているが、一般的手技がからきし駄目で、一度一般科で勉強してきたほうがよい」との評価を受けていたタイプですが、上記の評価は、得意なものはそのままで、不得意なものは訓練するべきという減点評価から発せられるものですが、役割機能別看護体制は、患者対応に長けていたらより一層伸ばしていきましょうという加点評価によって成立します。よって、プライマリーは例え手技を主とした業務に携わったとしても「~すべき」と忠告される必要がなくなるのです。

 そうして、「~すべき」を当然のものとしてこなすチーム独自の機能が確立されることによって、「~すべき」と無意識下、もしくは意識して伝えていた管理者という存在・役割が必要ではなくなったのです。

そうなると、必然的に怒る・怒られるという場面が少なくなります。過剰な怒りや不安は離職を促すどころか、下手すると日常生活まで脅かすことになるので、この「べき思考」を排除すると、怒りが消え、仕事も私生活も安定安泰。心の余裕を持ちながら看護を行うことが可能となります。

 

10.類は友を呼ぶ? 友が類を呼ぶ?

 

当院は三年前の新病院設立と共に、先に述べたテクニカル・プライマリー・セカンダリーの3種類のチームに分けて看護業務を行っています。原則として、看護師一人一人が適正を見極め、意向を尊重し、希望に沿ってチームの所属を決定しています。すると、下記のようにチームごとに性格傾向の特性が見られることがわかりました。

 

テクニカル:淡白明朗・高い運動神経・やや無愛想・ラフである・感情的になりやすい・言いたいことを遠慮なく言ってしまう・能力的にテキパキ仕事を片付けられる・他者への興味関心が薄い・利己的な面がある

プライマリー:優しく世話好き・気配りに長ける・顔色や言動を気にする・優柔不断・小心・

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