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看護師を「病棟別配置」から「患者別配置」に移行したことによる効果

『看護師を「病棟別配置」から「患者別配置」に移行したことによる効果』

 医療法人社団成仁病院 プライマリー長 吉見聖伸

 

<病院紹介>

当院は20077月に東京23区内の民間新設では38年ぶりとなった単科精神科病院として開院以来、24時間対応のフリーアクセス型救急体制をとっている。病床数は114床。外来件数1日あたり約75件。入院件数1日あたり36件。救急対応数は1日あたり58件。1月あたりに換算すると、150240件の救急対応を行っている。

 

<仮説・問題提起>

 

当院の平均在院日数は35日(平成221月現在)と、病院全体の流れが非常にスピーディーに展開される。精神運動興奮を主とした急性期症状を脱した後、円滑な社会復帰のために、症状に合わせた病室・病棟に移動しなければいけない。急性期症状から寛解期までの経過が早いほど、病室・病棟の移動は数日単位となり、この移動の回数だけ、患者・看護師双方にある種の作業やストレスも発生する。

 

今回、従来の看護師が病棟別に配置されているという形から、医師と類似した機能である患者別に配置するという方法に置換すれば、上記の様々な負担が軽減されるのではないかという仮説のもと、以下の研究を行った。

 

<一般的病棟形態>

一般的に病院の病棟形態は「診療科別」「ステージ(症状)別」「同機能別」に分類される。精神科の病棟形態は保護室病棟・閉鎖病棟・開放病棟などの分類のほか、急性期病棟・慢性期病棟などステージ(症状)別にて構成されることが多い。

 

当院は救急対応を行っているということと、114床という病床数上、急性期病棟・慢性期病棟という分類をとらず、全病棟が急性期対応病棟であるという考え方で、ストレスケア病棟を除く、階が異なる2つの病棟に急性期病棟・亜急性期病棟・退院促進病棟と、ステージ(症状)別にて構成されている。うち急性期病棟(精神科ER)・亜急性期病棟(精神科ICU)が2F病棟。退院促進病棟が2F病棟の一部と3F病棟によって構成されている。

 

<ステージ(症状)別病棟形態のメリット・デメリット>

ステージ(症状)別病棟に、固定した看護師を配置し業務を行うメリットは、症状に合わせ、標準化された看護を行うことができるという点がある。また症状別のため、個々の患者の症状に類似点も見られるため、より専門的な医療・看護も提供することができる。

 

その半面、症状に合わせて病棟を移動することになるため、受け持ち看護師をはじめ、対応するスタッフの変更、それによって生じる申し送り、移動時間など、患者・スタッフ双方に負担・ストレスも発生する。

 

<患者別配置を可能にした役割機能別看護体制>

当院は2007年の開院当初より、独自の役割機能別看護体制を導入している。役割機能別看護体制とは、それぞれに与えられた業務のみを狭く深く行い、業務負担の軽減と同時に、それぞれの専門性を高めていく看護体制であり、以下の3種類の細分化された専門的職種に分類される。

 

テクニカル:身体介護・環境整備・薬剤管理・処置など、反復して行う業務であり、かつ運動神経的に処理する必要があり、また反復することによってスキルアップしていくタイプの業務。

 

プライマリー:入退院やクリニカルパス等の計画策定・カルテ記載、管理 ・患者とのコミュニケーション・医師の診療補助としての高度なスキルなど、一つ一つの業務に時間を要するが、それぞれの個別の状況に於いて分析・考察を行い、対応する業務。

 

セカンダリー:患者急変・感染症蔓延・クレーム対応などの特殊事態・看護管理的業務など、特殊事態に対して備え、対応する業務。

 

上記の役割機能別看護体制を利用し、受け持ち看護を行うプライマリーが、従来の看護師の「病棟別配置」から、受け持ち患者の状態に合わせて看護師も病棟を移動するという「患者別配置」へ移行した。これは、各ステージ別の病棟にそれぞれの受け持ち患者がおり医療・看護を行うという、医師が行う機能を看護にも採用した形である。

 

<患者別配置の効果(治療・看護の観点から)>

 

看護師を患者別配置に移行した効果として、入院から退院まで主治医・受け持ち看護師が変更することがないため、一貫した医療・看護・ケースワークを行うことが可能となった。それにより、患者対応する者が限定されるため、患者・患者家族に安心感を与えることができる。

 

※心理的側面から

「馴染み」(馴れる、従うことが染みる)という言葉にあるように、人はよく知っている物に安心感を持つ。また、同様の商品を繰り返し流すCMは、情報を反復して与えることにより、消費者に安心感を生ませる効果がある。

 

このように、限定された医師・看護師が継続的・反復的に患者に接触することにより、特別な対策を講じることなく、自然に安心感を抱かせることができる。この安心感は、精神科の特徴上、患者・治療者間の信頼関係が、今後の治療効果へと大きく影響する。また、精神疾患にはストレスにより症状悪化のリスクが高まるという特徴上、環境変化によるストレス反応の軽減にも効果が認められる。

 

また、受け持ち看護師が入院時からの急性期症状の対応を行っているため、病態を包括的に把握することが可能となり、精神状態の微小な変化、不穏の兆候の察知による早期治療介入の向上にも繋がった。

 

<患者別配置の効果(病棟運営の観点から)>

受け持ち看護師(プライマリー)が、主治医と同様の動き(機能)を獲得したため、主治医・受け持ち看護師の情報交換が密となり、個々のカンファレンスの頻度も上がった。

 

また、大幅な業務時間削減効果が得られたことは、病棟から病棟への申し送りが簡素化されたということである。従来は、前病棟の受け持ち看護師が、移動後の病棟の受け持ち看護師に必要事項を申し送るために、約15分の時間を要していた。それに加え、申し送る側・受ける側双方の看護師の特性(+α値:粘着的・攻撃的・過緊張など)を附加した場合、更に5~10分の時間がかかり、平均約20分の時間を要していたが、「患者別配置」に移行したことにより、申し送りの所要時間はゼロとなった。この時間削減によって得た時間は、患者対応へフィードバックすることが可能となる。

 

また、看護師の専属病棟が変わる「病棟異動」自体、患者別配置に移行したことで、その概念を失った。これは、患者のフロア移動によって生じるストレス同様、職員異動へのストレス軽減にも効を奏し、離職防止の効果も期待できる。

 

※心理的側面から

病院は「病棟」という小集団の単位が集合して形成されており、それぞれの小集団(病棟)には、自然発生的に結束と協調性が発生する。この結束と協調性によって、病棟の秩序は維持される。しかし、この結束と協調性は、小集団内にのみ効果があり、第三者の介入に対して、往々にしてその結束と協調性は、排他性という形で表れる。

 

排他性を感じる側は、同じ病院内なのに文化が異なり、言語が通じない異国に訪れたような、居心地が悪い感覚を抱く。他病棟で感じるこの居心地の悪さは、具体的にどのようなものか、『専属病棟から、他病棟へ申し送りに行くときに、どのようなストレスが生じるか』というタイトルのアンケートを行い、以下のような回答が得られた。

 

・不備事項の指摘が怖い ・知らない看護師がいる ・怖い看護師に委縮してしまう ・どこにいればいいのかわからない ・必要以上に細かく聞かれることがある ・逆に必要事項を聞いてくれない、聞き流している感じがする ・その病棟の忙しい時間に行ってしまい煙たがられる感じがする ・その他

 

このアンケートの結果から、既に形成された集団に介入しなければならない時は、同じ病院内であっても同様の不安を抱き、その不安がストレスへ繋がっていることがわかる。

 

<まとめ>

集団心理の起源は、「敵」が出現したときの団結本能だとされる。同じ病院内でなぜ異なる集団心理が生まれ、自然に「敵」と認識されてしまうのか。どうすれば、「味方」「仲間」といった感覚を持てるのか。頻繁な入退職・トップダウン・病棟異動など、病棟機能(社会)が不安定なほど、集団心理は強固なものになる。

 

今回、看護師の病棟別配置から患者別配置に移行し、病棟間の垣根をなくしたことによって、重圧やストレスを感じることなく、様々な職種のスタッフが異なるフロアを自由に往来できるようになり、それぞれが意識しないまでも、「病棟」という小集団は消滅し、「病院」という大集団と捉えることが可能となった。これは、集団の弊害である排他性を緩和させ、より強固な結束と協調性を高める結果を得ることができたといえる。

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