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職員の声
| 名前: | なりさん |
|---|---|
| 職種: | 看護師・准看護士 |
| 部署: | 介護老人保健施設・通所 |
浪速節だよ、戦友は。2011/04/29
先日病院デイルームにて、恒例の新人歓迎会が開催されました。
お酒が出るとあっては黙っていられません。もちろん行ってきましたよ。
うまい酒には、うまい料理です。今年も栄養課の皆さんが、腕をふるってくれました。
バンド部の演奏をBGMに。これまた、おつなものです。
そして、始まったのが、新人さんからの挨拶です。
グループごとに、一人一言ずつコメントを言っていくのですが
そんな中登場したのが、一足早く3月に入職し、現在は訪問看護をしているAさん。
大阪出身だそうで、やっぱりサービス精神が旺盛なのか。
もともとの明るい性格に、お酒も入っていたため、まさに“ひとりのビッグショー”状態。
さすがに司会者からの制止が入ったのですが、会場は大盛り上がりでした。
う~ん、他人とは思えません。
訪問看護と老健施設。連携をとることも多いのに、まだ名前しか知らなかったなんて
もったいないことをしたな。
訪問看護に入っている方が、ご家族の旅行中などにSSを使いたい・・・などなど
この2つのチームは、けっこう連携を取り合うことも多いのです。
親睦を深めるためにも、今度飲みに誘おうかと考えています。
まだ早いか?
秋田名物2010/12/14
私が秋田出身と知ってか知らずか、知人から秋田の地酒をいただきました。
何を肴にして飲もうか、最近ではそればかりを考えています。やっぱり秋田の酒には、秋田のつまみを!
米どころである秋田は、もちろん日本酒も有名ですが、食べ物だって美味しいんですから!!
きりたんぽに比内地鶏、稲庭うどん、ハタハタ・・・お腹が空いてきたので、そろそろ失礼します。
老健近くに、秋田料理屋でもあれば。
食欲の秋2010/10/22
さてさて、一段と秋めいてまいりました。
秋といえば、美味しいものがたくさんありますよね。入所中はリハビリやレクリエーションなど、利用者
さんが退屈してしまわないよう色々な工夫をしていますが、食事も一日の楽しみだったりします。
とくに、当老人保健施設(もちろん他の併設施設でも)では、“美味しさ”にこだわり、栄養士さんが創意
工夫をこらしてくれています。職員も利用者さんと同じものを食べていますが、施設給食といったイメージは全くありません。
栄養バランスは完璧なのに美味しくない・・・これでは利用者さんもがっかりですからね。
しかし、納得できないことがひとつ!!去年、病院では松茸ごはんが出たそうで・・・うちは!?
老健ではまことしやかに噂になってます。今年はどうか、老健にもお願いします。
美味しいものが多いということは、お酒がすすむということ。
わが老健ますますの発展のため、職員を飲みに誘おうかと考えています。
心強い新人さん2010/09/24
先日、わが老健施設に新人看護師さんが入職しました。
新人とは言っても、ベテランの男性看護師さんです。なんとも心強い!!
プリセプターを仰せつかり、今は施設・業務内容などをご案内している最中です。
平成生まれの新卒さんに衝撃を受けた私。
同じお年頃(?)の仲間が増え、私は嬉しい限りです。
親睦を深めるためにも、歓迎会と称し、これから飲みに誘おうかと考えています。
ユニフォーム2010/08/30
遅ればせながら、新人さんへユニフォームが支給されました。
ユニフォームというのは、やっぱりいいものです。
気持ちが引き締まるし、利用者さんも一目で職種が分るので、誰に何を頼めばいいのか明快です。
そういえば、もうすぐ8月31日。ビアガーデンおさめです。
まだ間に合うでしょうか。一皮抜けた新人達を、飲みに連れて行こうかと考えています。
ビアガーデンの季節2010/08/07
暑い日が続いています。
人生の大先輩である老健利用者たちも、「こんな暑い夏は初めて」とのこと。
高齢の方にとって暑さは大敵!私達も注視して、利用者さんたちは守らなければなりません。
それでも、暑さに体力を奪われるのは、若い職員も同じです。
栄養バランスのとれた食事、良質な睡眠、そしてリフレッシュが必要不可欠です。
近々、景気付けにビアガーデンにでも連れて行こうかと思っています。
平成生まれ2010/06/04
研修を終え、老健に新人さんがやってきて1ヶ月が経ちます。
つい先日、何気ない会話の中から、衝撃的な事実が発覚しました、
何と、平成生まれが紛れ込んでいたのです・・・これには衝撃。
これから、どんどん増えていくのかと思うと、私は不思議な気持ちです。
ジェネレーションギャップを避けるためにも、今度飲みにでも連れて行こうかと考えています。
(平成生まれでも20歳は超えています。問題ありません。)
委員会はいいんかい2010/03/06
委員会なんて適当でいいんじゃないか?
現場が大事。委員会なんて二の次って思ってた
でもやっぱり違うことに気がつかされました。
それはある先生との出会いからです・・・
つづく
老健2010/01/12
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
老健には、大晦日も正月もありません。
病気には、休みも祝日もないのです。
今年の年明けもお疲れさまでした。
飲みに行きましょうか、皆さん。
掃除のちから2009/12/29
私のいる老健には、掃除を確実に行う人がいます。
数ある道具を駆使し、掃除シフトの人のフォーメーションもわりふり、施設内をピカピカにしていきます。
彼曰く「掃除はすべての基本です。ここをはじまりとして利用者さんは回復していくのです」
彼は医療職ではありませんが,説得力があります。
フォーメーション2009/11/05
最近よく思います。
老健のフォーメーションがしっかりしてきました。
効率的かどうかはよくわかりませんが、ぬけがありません。
団結力は大事ですね。
飲み会でもしますか。
老健のお医者さんたち2009/10/22
最近はよくお医者さんが老健に来てくれます。
偉い内科のお医者さんと、たよれる精神科のお医者さんです。
お医者さんはやはり患者さんと接するのが上手いです。
若い子はその姿をちゃんと見ているでしょうか?
新しいお医者さん2009/10/10
病院に新しい先生が来て、その先生は内科の先生なのです。
老健に来てくれて患者さんを見てくれています。
安心がより増しました。
若手の成長2009/10/10
若手の成長著しく、業務の重さが急に減った気がします。
飲みにでも連れて行こうかと考えています。
若さを吸収2009/10/10
せっかく明るく仕事ができるようになったので、最近ではなるべく周りの職員も明るくさせるように仕事をしている。
4月に入社した職員ももうそろそろ独り立ちし始め、人数の一人としてカウントするようになってきた。
今年は施設長代行や採用担当ががんばったらしく、女性も男性もいい人材がたくさん入ってきた。
若い職員と一緒に働いていると、自分も若くなった気になるので不思議である。
そう考えると、施設の利用者さんも若い気になれるのだろうか?
笑いの治癒力2009/10/10
就職してから、よく笑うようになった。利用者と職員ととても楽しく仕事ができるようになった。何かの役に立ちたいと考えながら仕事をするうち、主任の仕事も任せられるようになっていた。
だが順風満帆と思える人生に、影が見えた。
乳癌が見つかった。
十分に好きなことはできたという気持ちもあったが、「しっかり治せ」という理事長の言葉もあり、治療をするようになった。
結果は治癒した。主治医も不思議がったが、私の仕事ぶりを話すと妙に納得したように言った。「それで謎がとけた。笑いによってNK細胞が活性化されるという研究結果があるんだがまさにそれだな!」
難しい話はよくわからなかったが、不意に笑顔の利用者と職員の顔が思い出され、笑いながら泣いていた。
今も笑顔あふれる施設での仕事の毎日である。
勉強2009/10/10
認知症に対する世の中の無理解を戒めるつもりで就職した。そこにはいつもつらい顔をした職員と利用者がいると思っていた。しかしそこで見たものは違っていた。
笑って働く職員と笑って過ごす利用者。両者ともとても楽しそうにすごしている光景だった。
その法人の理事長は認知症に関する本を出版するほどの人で、その対応術はひろく職員に広まっていたのだ。認知症はつらくないんだ。
秋田のあの施設にも教えてやりたいな。つらそうな顔をして、唇をかみしめながら辞めていった職員を思い出していた。
トラウマ2009/10/10

以前いた施設では、認知症の症状についての知識を持った職員がほとんどいなく、認知症を持った利用者の対応に苦戦していた。
職員はみな気のいい人間ばかりでとても優しかった。しかしそれが却って認知症にたいする経験のなさをより悲惨なものにしていた。自分でもいけないとわかっていながらいらだち、きびしく当たる職員が痛々しくて見ていられなかった。
東京のその施設の募集を見たとき確信した。「自分はここで働こう。」以前いた施設のような職員がいたら、自分が教えてやるのだ。世直しもいいじゃないか。面接を受け、就職した。
東京での出会い2009/10/10

上京して、しばらくはゆっくりと暮らしながら職を探していた。すでに息子が成人していたため、急ぐわけでもなかったので好きなことをしようと思っていた。その時ちょうど見つけた「認知症専門の介護老人保健施設」。
いつか見た悲惨な施設を思い出していた。
上京2009/10/10
秋田生まれの秋田育ち。田んぼの中で伸び伸びと育ち、酒飲みだが気のいい父親を見て育ったため、自分も酒飲みになっていた。
職業の選択の際、そのころ就職難だった秋田県の事情を考え、看護師になることを決めた。特に職業に憧れがあったわけではないが、人の世話をするのは何となく好きだった。
世話好きが幸いしてか災いしてか、1回の結婚と1回の離婚を経験した。離婚の際、何となく思った。「そうだ。都心に出よう」。



