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職員の声

名前: HTC
職種: 介護・看護補助
部署: 精神科急性期治療(ER,ICU)病棟

我が身を振り返る2010/07/08 

新人職員のみなさんが成長したかと思えば、また後輩が増えました。

仲間が増えるのは嬉しいことですが、この時期になると自分が入職して間もない頃を思い出します。

私が入職したのは2007年7月・・・病院開設を3ヵ月後に控えた時です。

それはそれは、目の回るような日々でしたが、

たった3年でここまでのシステムが構築できるのかと、我ながら驚いています。

 

そんな新人さんが今一番、心を砕いていること・・・

それは研修旅行における出し物ではないでしょうか。

成仁では毎年、この時期に1泊2日の研修旅行が行われ、主役である新人職員は司会進行をはじめ、

出し物などで、宴会を盛り上げなくてはなりません。

かくいう私も、司会を任せられましたが、緊張をごまかそうと飲みすぎてしまい、

その司会ぶりにナオミキャンベルさんからお叱りを受けた思い出があります。

飲んでも飲まれるな。

あれ依頼、お鉢が回ってこないのは、それが原因でしょうか。

 

ともあれ、研修旅行は楽しみにしています。

みなさん、頑張ってください!

落とし穴2010/03/01 

新入職員のみなさんも就職してそろそろ1年が経過します。

このあたりで陥りがちな落とし穴があります。

「自己判断による失敗」です。

仕事をして1年もすると知識も増え、ある程度の事例は経験し、自分がとてもできるようになったと感じます。

それはとてもいいことなのですが、自分にはまだまだ足りないところがあるという感覚がなくなってしまうのは危険です。

ここで挙げた自己判断は「わからないことを自分独自の解釈で行動する」ということです。

これを行ってしまうと、思わぬ事故が起こります。我々が持っている知識や経験では足りない部分が多すぎます。

「こうするしかない」という判断も、自分の思い込みでしかないことがよくあります。

病棟で仕事を行う我々がこれを行うとどうでしょうか?

思わぬ事故は患者さんの生命を脅かします。その責任を負えますか?

我々病棟ケアのできる範囲は限られています。しかしだからこそ我々病棟ケアが貢献できることもあります。

自分の足りない知識や技術は段々吸収していきましょう。自分たちにない経験は他の医療職の方が持っています。

まずは報告、連絡、相談をその場で実施してみましょう。

慣れたらしないなんてことはありません。経験豊富でベテランな職員ほどよく周りと連絡を取り合っています。

責任2010/01/27 

仕事を依頼されます。その仕事をこなします。利益を出します。報酬をもらいます。

 

これが仕事の一つの流れです。

我々が責任を持つところはどこでしょうか?

 

我々病棟ケアは仕事を依頼されるところとこなすところには最低でも責任を持たなければなりません。

ある患者さんの介護の1動作もそうですが、それを安全かつ効率的にこなす環境を自ら作り出すことも必要なのです。

自分の知らない部分、不安な部分を解消し、自分の動ける範囲を広げるというのは、仕事をこなすことに責任を持つ人の大体が行っていることです。

そろそろ新人さんも入ってきます。受け入れる我々は最低でもこのあたりは難なくこなせるようになりましょう

失敗とは?2010/01/12 

失敗には2種類あります。

①自分が必死に業務をしていてしてしまった失敗。

②自分がしなければならないことを怠ったためにおこる失敗。

社会人としては失敗はもちろんないほうがいいのですが、①の場合は、大きく成長するチャンスがあります。

①は自分の限界と、自分の弱点、盲点などを反省することで振り返ることができます。熱心に反省すると、次に行う仕事の質はぐっと上がります。

②は「自分はやればできたんだ」という自分への言い訳が心の中におこります。これでは、本気になってやったとして、本当にできたかどうかもよくわかりません。結果成長はとても遅くなるのです。

私が入社1年目の職員に、厳しい言葉を発するのは②の場合です。これは医療機関ではやっていけません。

掃除をしなかったために床が黒ずんでいるという些細なことが、やがて○○しなかったために患者さんの命が危険にさらされるということまで発展します。

①の場合はいくらでもフォローしますが、②は厳しく叩きます。

社会人として覚えておきましょう。

 

 

社会人としてのマナー2009/12/29 

病棟にて、業務上うまくいかないことがあるとします。

改善を行えば、病棟全体の動きが良くなり、患者さんに対してのサービスの質が上がるとします。

改善を行わなくても何とかやっていけるとします。

改善をしないことは悪いことでしょうか?

放置することは罪です。医療の世界ではネグレクトと呼びます。

社会人として就職した以上、改善点は報告し、改善を図ることが必要です。

 

社会人1年目で就職した人たちには、1人前の社会人になってもらうためにこの法人は責任を負っています。

厳しい言葉も時には必要です。

祝杯準備完了!2009/11/05 

小生、広島東洋カープの大ファンである。

私の中に流れている血はカープの赤い血である。

今シーズンは10試合以上球場に足を運び声を枯らした。

(3塁側で小窪選手のユニフォームを身に纏い声を枯らしている輩がいたらお気軽に声をかけてみてください。多分、私です)

 


10年以上もの間、長々と不遇の時代を過ごしてきたがそれも今年で終わり。

ブラウン前監督の残した礎を糧にした上で野村新監督の指揮の下、地獄のキャンプが復活!!

ドラフトも大成功!!

投手王国の再建も秒読み段階!!

その他諸々モロ諸岡。

勝因になるであろう事柄を挙げていったらキリがない状態だ。

小生ウハウハだ!!


来年のことを言ったら鬼が笑うらしいが、笑顔っていいじゃない!!

笑うっていいじゃない!!

おれはおまえの笑顔が好きなんだ!!(←偽善者口調で)


てなわけで投稿現在今年の日本シリーズも終わってないのに火を吹いてみました。

ちゃんちゃん♪


てなわけで今日もお仕事頑張りま~す!!

徒然なるままに2009/10/22 


代替案のない意見は、ただの反論・愚痴に過ぎない。

改善できる術を模索せず「あれ嫌だ」「これ嫌だ」と言うだけじゃ、状況は何も変わらない。

そんな不毛な時間に身を捧げることほど虚しいことはない。


状況をより良くするにはどうすればいいか。

取って代わる具体案は何か。

そのために我々がすべきこと・できることは何か。


問題提起はゴールではなく、スタート。

そこを勘違いしてはいけない。

 

…と熱いことを言っておきながら、先日訪問介護中に原付を破壊してしまいました。

「破壊なくして創造なし!!(by橋本真也)」

…笑えない冗談を言ってごめんなさい。

聞いた話ではかなりの修理費がかかったそうです。

関係者各位、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした!


気を取り直して今日も走るぜ!!

7.病棟のルール2009/10/10 

ケア職員の中で一番経験は長い存在となってしまいました。

 


 

最近感じることに、「病棟のルール」の意識の必要性があげられます。

 


 

この病院では、常に新しい試みを行うので、病棟のルールの変更は珍しいことではありません。

 


 

その際、患者さんへの説明は担当看護師が行ってくれるのですが、実際にそのルール(主に荷物関係)を適応させて業務を行うのは我々ケアベーシックです。

 


 

患者さんのため、そして病院のため、自分のために必要なことは

 


 


 

①きめられたルールを覚えること:

 


 

まず覚えないと何も始りません。しっかりルールを覚えることが大事です。覚えられない場合はカンニングしましょう。間違えるよりはるかにいいです。

 


 

②ルールをしっかり守るためのコミュニケーション技術を身につけること:

 


 

患者さんにルールを守ってもらうために、伝え方に工夫が必要なこともあります。持ち込み不可の荷物の伝え方一つにしても気を使ってコミュニケーションをとりましょう。もちろんいきなりうまくいくわけありませんので、先輩職員や担当看護師にわからないときは聞いてセリフをもらうのもいいです。一つ一つセリフを暗記していくと、ボキャブラリーもふえて、ある時自分で工夫できるようになります。

 


 

③コスト意識を持つこと:

 


 

日用品などの使用は、患者さんの請求に直接影響します。忙しい時もありますが、確実に患者さんの日用品の使用状況をカウントするようにしましょう。どんぶり勘定はいけません。

 


 


 


 

こんなところです。治療をよりスムーズに行うために、我々ができることはいくらでもあるのです。

6.施設管理2009/10/10 

施設管理を前担当者より引き継いだ。

やる前は大変な作業かと思っていたが、実際にやってみるとそうでもないです。

細かいところが以外と気になっていたので、自分の手で修復できるのは意外に達成感があります。

意外とやりがいがあることに驚いています。

5.キャリアアップとは2009/10/10 

最近の出来事。

病院の病棟の中での介護の仕事をしていると、いろいろなことが目につく。
患者さんが短い間でも過ごす場所で治療と生活の手助けをしていると部屋の壁に傷が付いていたり、頑固な染みがあったり。

皆が気付いているはずなのに時間がかかるので手を出せずにいる汚れ。

この病院ではその汚れをなくすため、KP(家事プライマリー活動)という掃除の形式を取り、集中して頑固な汚れを落とすシステムが出来上がった。

或る時そのKP活動を仕切っていた人に呼び止められた。
「病棟での経験は君が一番長い。KPを行っている新人たちへの指導も含め取りまとめを行ってくれないか?」

キャリアアップという言葉をその時急に思い出した。
介護しているのだから、介護長を目指すのかななどと漠然と考えていたので驚いたが、病棟に長くいる自分だからこそできるKPの指示出しがあると思えた。

以前の自分だたら、面倒くさい仕事と嫌な顔していたかもしれないが、今ならできそうだ。
何でもやって見ることにした。

4、再会2009/10/10 

新病院開設メンバーとなり、介護の資格を活かし、病棟で働くようになった。病棟での介護業務にて汗を流す日々の中、あの親子に会った。せん妄の治療で入院してきて、面会の際に偶然会ったのだ。

「どちらかでお会いしませんでしたか?」実の娘であるらしいその人は私の顔を見ていった。
「以前道路で歌っていたんです。一度ご本人ともお会いしました。」
「ああ、あの時の!あのときは私もずいぶん疲れていて、みっともないところを見せてしまいましたね。」やはり不本意であったらしい。

思わぬところで、自分の目標を達成することができた。そのおばあちゃんはせん妄を治療し、元気よく退院していった。退院するときふとこちらを振り返り「また歌が聴きたいわね」と笑って帰って行った。

今でも時々路上で歌うことがある。

3、介護への道2009/10/10 

自分なりに認知症について調べてみた。精神疾患の一つということだった。心の病。ふつうの介護とは違うのか。
調べるうち、介護の仕事への興味がより大きいものになっていた。
自分でもあのおばあちゃんのような人やあのおばさんのような人を救えるだろうか?そんな考えが大きくなっていた。

介護の仕事をしよう。

認知症への興味からはじまった介護への道であったので、精神科の勉強も必要と考えた。まず介護の資格として介護福祉士をとり、次に精神保健福祉士を取った。

専門学校卒業の年、就職活動している中、ある願ってもない知らせが入った。新病院開設する精神科がある。そこには認知症専門の介護老人保健施設もあった。

2、出会い2009/10/10 

次の週もその女性は来ていた。「また来てくれたんだ。」終了後に話しかけてみた。
「また来てくれたんですね。今日はどうでした?」すると女性は答えた。「はじめまして、あなた私の息子ににているわ。同じ出身地なんじゃない?」会話がおかしい。「先週も来てくれましたよね?」「先週は箱根に行っていたわ。」

確かにその女性だったはずだ。おかしいと思いながらも話していると、40歳くらいの女性が遠くから走ってきた。
「おばあちゃんこんなところにいたの!いい加減にしてよ!」40歳くらいの女性は疲れたような怒ったような顔をして怒鳴っていた。わけもわからず立ちすくむ自分に向け40歳くらいの女性は言った。
「ごめんなさいね。うちのおばあちゃん認知症なの、ご迷惑かけていなかったかしら?」
すぐに向き直り、おばあちゃんの胸倉をつかみ「帰るわよ!」と言い放ち、引きずるようにして帰って行った。

認知症?聞きなれない言葉ときっとあのおばあちゃんは自宅でもあんなに怒られているのかなというやりきれない思いが胸に残った。

複雑な思いを抱えながら数日後、楽器の手入れの道具を買い出しに街へでた。
偶然あの親子を見かけた。2人はにこやかに話をしながら歩いていたのだ。娘と思われる女性は疲れた表情を見せながらも笑っていた。偽りの笑顔ではなかった。「病気はあんなに家族の関係をゆがめるのか?」
認知症と介護に対する興味がわき始めていた。

1、ミュージシャンの夢2009/10/10 

音楽の道を進もうと思っていた。
バンドの中の楽器は一通りは出来るようになっていたし、作詞も作曲もこなせた。
ライブハウスでの活動ではなく、路上での活動も行っていた。ストリートミュージシャンである。
そこそこ人も集まり、うまくいくと思っていた。
音楽活動が好きだったし、なにより自分の奏でる音で喜んでくれる人がいるのがうれしかった。
そんなある日。
いつものように路上で活動していたときのこと。
いつも集まる若者に交じって、70歳くらいの女性が立ったまま聞き入っていた。
路上での2時間ほどのライブの間、その女性は立ったままずっと聞いていた。あまり真剣に聞き入っていたので、終了後に話しかけてみた。
「歌好きなんですか?」すると女性は答えた。
「ええ。あなたの歌も好きだけど、あなた私の孫にそっくりなのよ。いい歌ね、上手だし。いつもここでやっているの?」
話は弾み、すぐに打ち解けていた。楽器をかたずけ、少しの間話をしてその日は別れた。

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